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はじめに
がんの治療法には、外科手術法、放射線治療法、温熱治療法、抗がん剤治療法、免疫治療法などがあります。また、生体の死には、老死、病死、アポトーシス(自滅)死があります。ここでは、これらの3つの死について述べ、がんのアポトーシス治療法に関する私たちの研究の現状について述べます。
(1)三つの細胞死―老死、病死、アポトーシス死(自滅死):
(ア)老死:老死とは、加齢に伴う生理機能の低下による死(細胞寿命死)です。細胞が生成してから死亡する、あるいは増殖が停止するまでの期間を細胞寿命と言います。ヒト胎児由来の繊維芽細胞の分裂回数は約50回であることが知られています。また、細胞寿命が長い動物の寿命は長いという関係があります。胎児から得た繊維芽細胞を培養したときの限界分裂回数と寿命の関係を表1に示します。
表1.胎児から得た繊維芽細胞を培養したときの限界分裂回数と寿命
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限界分裂回数 |
平均寿命(年) |
| ヒト |
40〜60 |
110 |
| ニワトリ |
15〜35 |
30 |
| ハツカネズミ |
14〜28 |
3.5 |
| バラバゴスカメ |
72〜114 |
175 |
脊椎動物の最長寿命:ヒトは約120年、ウマは46年、ウシは30年、イヌは20年、ハツカネズミは5年以下です。
高等動物の「体重あたりの酸素の消費量と平均寿命の関係」を図1に示します。
図1.高等動物の肝臓の活性酸素消去酵素
(SOD:1mgのタンパク質当たり)
/エネルギー代謝率(比活性)と最長寿命
(活性酸素の話(97頁、図V−1)永田親義著:講談社のBLUE BACKS) 
図1.から、肝臓のエネルギー代謝率当たりの活性酸素消去活性(1mgのタンパク質当たりのSOD)が高いほど高等動物の最長寿命は長いことがわかります。SODの活性が高くても、エネルギー代謝率の高い(ヒトの30倍)ネズミの寿命は短い(5年以下)ので、エネルギー代謝率当たりのSOD活性で比較します。
(イ)病死(壊死、ネクロ−シス、病理学的死):
病死とは、栄養不足、酸素不足、毒物、高温、細胞膜の障害や心筋や脳の梗塞などによる血流の停止や放射線や火傷などの外因障害による病理学的細胞死(壊死、ネクローシス)です。
正常な細胞は、なんらかの障害によって、細胞内の細胞小器官のミトコンドリアと細胞が徐々に膨らんで大きくなり、Na+とCa++の流入とK+の流出によって浸透圧が低下して細胞が膨張し、リソソームなどの酵素などが流失して浸透圧を制御する機能やエネルギーを産生するATP機能を失って起きると死にます。
(ウ)細胞のアポトーシス死(プログラム死):
細胞には、自殺を指令する遺伝子があって、その仕組みは、細胞が親細胞から受け継いできた遺伝情報(DNA)に書き込まれています。
細胞膜の表面では、情報を伝達するタンパク質が情報伝達受容体(レセプター)を通じて情報を受け取っています。この情報シグナルが細胞に伝達され、細胞にさまざまな反応をひき起こします。細胞には、さまざまな内因、あるいは外因によって傷害を受けると、その傷害を修復して自己の恒常性(ホメオスターシス)を保つ性質があります。
アポトーシスと言う語はApoptosisという英語のApo:「離れ」とPosies:「落ちる」(共にギリシャ語)の合成語で「木の葉が落ちる」と言う意味です。
イモムシが蝶蝶に変態する現象はアポトーシスの良い例です。イモムシの細胞は、みごとなプログラムにしたがって整然と死亡し、新たな蝶々の細胞に生まれ変わるのです。
アポトーシスの始まり(核変化と細胞の縮小):
アポトーシスの始まりは、細胞膜と核内の構造変化に伴って起きる細胞サイズの縮小です。細胞が収縮すると、生きている細胞と異なって、表面の凹凸の微絨毛が消失してツルツル(平滑)になるので区別できます。この変化に伴って細胞表面にふくらみを生じ、やがて核や細胞に大小の突起ができます。それがくびれ、やがてちぎれて断片化し、膜に包まれた大小の球状の小胞(アポ−シス小胞)になり、電子顕微鏡観察によって識別することができます(図3写真参照)。
細胞のネクローシスとアポトーシスの形態変化の違い:
細胞のネクローシスとアポトーシスの形態変化の違いを図2に示します。図2からわかるように、ネクローシスが起きると、細胞内のミトコンドリアと細胞自身が徐々に膨らんで崩壊し、細胞の内容物が流失します。
アポトーシス細胞においても、ウイルス、放射線や抗がん剤などの毒物に反応してアポトーシス(自滅)のシグナルを受けて産生したタンパク質分解酵素の働きによって細胞の断片化が起きます。断片になったアポトーシス小胞は、周囲の細胞に影響を与えないで、マクロファージなどの免疫細胞に貪食・除去されます。
図2細胞のアポトーシスとネクローシスの形態変化の違い
(アポトーシスの科学:34頁の図2−2
山田武・大山はるみ共著(講談社のBLUE BACKS)
アポトーシスにおける細胞の断片化のメカニズム:
シグナル伝達によって始まるアポトーシスの最終的に起きるDNAの断片化は、システインプロテアーゼと言うタンパク質分解酵素が活性化したエンドヌクレアーゼによって起きると考えられています。
(2)がんの発症:
(ア)正常な細胞とがん細胞:
正常な細胞は、無制限には増殖せず、50−100回分裂すると、それ以上は分裂しなくなります。このような制御された条件の下で、各種の臓器がそれぞれの機能を果たしています。一方、がん細胞は、無秩序に、かつ制限なく増殖して、その機能を破壊します。
ヒトには、一日に数百〜数千個のがん細胞が生じていると考えられていますが、免疫細胞のマ クロファージによって食べられて増殖できないでいます。しかし、この免疫機能が失われると、長年の間にがん細胞は増殖し、やがて他臓器に転移する悪性腫瘍、つまり、「がん」になります。
(イ)発がんのメカニズム:
発がん性物質や放射線によってDNAが傷つき、それが修復されなかったり、あるいは修復過程でエラーが生じて、構造が変化した遺伝子(突然変異遺伝子)の細胞が増殖したのが「がん」です。発がんの原因は、性ホルモンなどの内因的あるいは自然放射線などの外因的要素によって生じる過酸化水素などの活性酸素によるDNAの変性であると考えられています。
(ウ)がん細胞の増殖と固型がん:
マクロファージなどの免疫細胞の活性が加齢などによって低下すると、がん細胞が増殖します。増殖したがん細胞が10億個になると1グラムの腫瘍(固型がん)になります。
(エ)がん免疫の働き:
免疫には、生体が外来異物の侵入を防ぐ自然免疫(先天性免疫)とがん細胞などの異物にさらされて誘導、あるいは活性化する獲得免疫(後天性免疫)があります。前者は、特に特異性を持たない初期防御系の免疫です。後者は、異物に特異的なもので、この免疫応答(反応)を起こさせる物質は抗原と呼ばれます。免疫応答によって産生され、血清中に多く含まれて抗原と特異的に反応する免疫(イムノ)グロブリン抗体(IgA,IgD,IgE、IgG、IgM)を産生する(体)液性免疫のB(リンパ球)細胞は抗体産生細胞となります。リンパ球の60〜80%を占めるTリンパ球(T細胞)には、B細胞の抗体産生能を補助し、異物と結合して食細胞の貪食作用を助ける機能があります。また、細胞障害性のキラーT細胞には、腫瘍細胞やウイルス感染細胞を傷つけて生体の恒常性を保つナチュラルキラー(NK)細胞などの細胞障害性の細胞性免疫があります。
リンパ球:リンパ球は、表面の受容体によって外来の抗原を認識する機能をもつ細胞で、免疫応答において中心的な役割を果たしています。骨髄に由来するB細胞は抗体を産生し得る細胞です。 B細胞が胸腺で成熟したT細胞には、B細胞と他のT細胞の機能を補助し、各種の血球細胞の増殖と分化を制御するタンパク質性の生理活性物質のサイトカインを産生するヘルパーT細胞と、アポトーシスによってウイルスや腫瘍細胞を排除する細胞障害性のキラーT細胞があります。
がんの免疫療法:100万個(1ミリグラム)以下のがん細胞は、免疫療法によって治療できるといわれています。がん細胞を捕らえるがん免疫とは、はじめに働くマクロファージと、次に働く樹状細胞です。がん細胞が多すぎると、樹状細胞はリンパ節(免疫の指令本部)のT細胞に知らせます。このT細胞は、サイトカインというさまざまな生理活性物質を作り、強い殺菌力を持ったナチュラルキラー(NK)細胞などの免疫細胞をつくります。血液中に含まれていて、免疫応答によって産生されるタンパク質の抗体を産生するB細胞は、表面に免疫グロブリン受容体を発現するリンパ球です。NK細胞とB細胞は、それぞれサイトカインを出しながら連絡をとりあってがん細胞と戦っています。
血液中には、赤血球、血小板、白血球などの血液細胞が含まれており、白血球には、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球があります。
血液中に存在する白血球は、細菌感染を防ぐ生体防御機能において中心的な役割を果たす好中球(約55%)、好酸球、好塩基球、単球と、外部から侵入した異物に特異的に反応する免疫応答において中心的な役割を果たす約40%のTリンパ球からなっており、好酸球や好塩基球などの顆粒球とともに、各種のサイトカインを産生して細菌からからだを守っています。
(3)アポトーシスの生体防御機構とがん細胞のアポトーシス死:
(ア)アポトーシスによる生体の防御機構:
免疫系におけるアポトーシスは生体防御機構における重要な因子です。細胞障害性のナチュラルキラー(NK)細胞による標的細胞のアポトーシスでは、がん細胞にパーホリンという細胞に孔を開ける酵素(細胞溶解素)を放出し、短時間の間に酵素による断片化を起こすと言われます。また、リンパ球の大半(60〜80%)を占めるT細胞は、異物を認識して各種のサイトカインを産生して免疫機能を調節するヘルパーT細胞と、異物を排除する細胞障害性のキラーT細胞が「がん」細胞やウイルス感染細胞を除去しています。
(イ)アポトーシスの化学的メカニズムに関する岡田教授グループの研究:
愛知県岡崎市の自然科学研究機構生理学研究所の岡田康伸教授グループによるアポトーシスのメカニズムに関する研究によって、「アポトーシスには活性酸素が関与している」ことが発見されています(2004年4月21日付京都新聞)。
1個の細胞内に100〜2000個存在する細胞小器官のミトコンドリアの役割は、栄養成分の酸化によって発生するエネルギーを用いてATPを合成するリン酸化反応です。細胞に対する刺激が契機となって起きるアポトーシスの際に活性酸素が検出された研究によって、アポトーシスには活性酸素が関与していることがわかったのです。
(4)アポトーシスは、いかなる場合に起きるか?
アポトーシスは放射線治療の際にも起きるので、生体の放射線障害の化学的メカニズムが関係していることは間違いありません。放射線の作用には、DNA鎖の切断という直接作用とDNA塩基の変成という間接作用があります。後者では、生体内の水の放射線分解によって生じるOHラジカルや放射線によって生じる水和電子と共存する酸素との反応によって活性酸素(酸素アニオンラジカル:O2−・)が生成します。放射線によるアポトーシスは、これらの活性酸素によって起きると考えられます。
アポトーシスが起きると、細胞内のミトコンドリアのエネルギー産生(ATP(アデノシン三リン酸))機能、あるいは、その分解酵素の活性が阻害されて失活します。このことによってミトコンドリアのATP合成が阻害され、エネルギーが産生できなくなって細胞は死にます。
(5)放射線や抗がん剤によって起こるアポトーシスとサナゾールによる増感:
アポトーシスは放射線や抗がん剤によっても起こることが知られています。
私たち(インド国立原子力研究所のCKK.Nair博士と中国・西安市の第四軍医大学の郭国禎博士)は、放射線や抗がん剤によってマウスの腫瘍にアポトーシスが起きること、および私たち(京都大学グループ)が開発したがん治療増感剤(サナゾール)がアポトーシスを増感することを発表しています。
(Sensitization Newsletter,2(4)2-4,1995とJ.Radiat.Res,44,359-365(2003)
これらの研究によって、放射線によるがん細胞の死には、放射線照射によって発生するフリーラジカルや活性酸素による放射線誘発ネクローシス死と放射線誘発アポトーシス死が起きていることがわかりました。
(ア)放射線誘導アポトーシスとサナゾールによる増感:
放射線増感剤のサナゾール(ニトロトリアゾ−ル誘導体)によるマウス腫瘍の放射線アポトーシス誘導に関する私たちの研究:
放射線照射(5Gy)の1時間前に40mg/kgのサナゾールを腹腔に投与して電子顕微鏡で観察すると、アポトーシスによって凝縮した細胞が観察され、サナゾールの投与や放射線を照射した場合には、細胞の凝縮の進行と、その断片化が観察されます。
各種処理後のMurine Fibrosarcoma(肉腫)マウス細胞の電子顕微鏡写真を図3に示します。


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A:対照:Fibrosarcoma 細胞の写真(正常:少しアポトーシスが起きている)。
B:サナゾール(40mg/kg)静注したマウス細胞の写真(アポトーシスが起きている)。
C:5Gy照射マウス細胞の写真(アポトーシスがかなり起きている)。
D:5Gy照射の1時間前にサナゾール(40mg/kg)を静注したマウス細胞の写真(アポトーシスが更に多く起きている)。 |
図−3の写真から、アポトーシスによる細胞の断片化は、コントロール<サナゾール(40mg/kg)投与<5Gy照射<5Gy照射の1時間前にサナゾール(40mg/kg)投与の順に大きく進んでいることがわかります。
また、アポトーシスを誘導するカスパーゼ3酵素の相対活性が調べられています。カスパーゼ3酵素の相対活性は、サナゾール(AK−2123)によって増強されていることが図―4からわかります。
図−4.各種の処理をした場合のカスパーゼ3酵素の相対

たて軸は相対蛍光値です。
図―4は、放射線増感剤として知られるサナゾールが、アポトーシスを誘導する働きがあることを示しています。
2〜10Gyの放射線照射によるアポトーシスに及ぼすサナゾ−ル(40mg/kg)を照射の1時間前に静注投与した場合の影響を図―5に示します。

図−5から、アポトーシスは放射線照射単独、あるいはサナゾール投与単独によっても誘導されるが、両者を共存させるとさらに増強されることがわかります。がん治療のための放射線の標準照射線量は一回に2Gyで、毎週5回、6週間(60Gy)照射されます。がんの放射線治療においても、アポトーシスによる治療効果が発現していることがわかります。
放射線やサナゾールによるカスパーゼ―3酵素の活性が調べられています。
アポトーシスを誘導するカスパーゼ―3酵素の活性化を示す相対値は:
| |
コントロ−ル |
2Gy |
サナゾール |
サナゾール+2Gy |
| 相対値 |
1.00 |
1.81 |
2.86 |
3.33 |
で、2Gy照射<サナゾール単独<2Gy照射+サナゾールの順に、アポトーシスを誘導する能力が大きいことを示しています。
カスパーゼ―3酵素の活性とアポトーシスによる細胞の断片化の結果は、ともにサナゾ−ルがアポトーシスを増感していることを示しています。
(イ)MMC(マイトマイシンC)誘導アポトーシスとサナゾールによる増感:
抗がん剤(MMC)によるアポトーシスの研究(中国・西安市の第四軍医大学との共同研究)が報告されました(Sensitization Newsletter.2.(4),2-4,1995)。
マウスの脚部に100万個のS―180腫瘍を移植し、MMC(1mg/kg)とサナゾール(0−500mg/kg)を腹腔に投与し、6時間後のアポトーシスを電子顕微鏡で調べました。
MMC(1mg/kg)単独、サナゾ−ル(500mg/kg)単独のいずれの場合も、アポトーシスは増感しなかったが、MMCとサナゾ−ルを共存させた場合のアポトーシスは、サナゾール量とともに増大しました(表―2)。
表―2 サナゾール(mg/kg)投与量とアポトーシス細胞数(相対値)
| 0 |
1.0 |
| 5 |
1.7 |
| 50 |
2.5 |
| 500 |
3.3 |
表―2から、腫瘍のアポトースはサナゾール投与量とともに増大することがわかります。抗がん剤治療においても、サナゾールが腫瘍のアポトースを増感していました。
サナゾールはニトロトリアゾール誘導体ですので、ニトロ基が重要な役割を果たしていると考えられます。
おわりに
これまで、放射線治療や抗がん剤治療の治療効果は、がん細胞の障害死(ネクローシス死)であると考えられていました。しかし、これらの研究によって、アポトーシスによる自滅死も、かなり寄与していることがわかりました。
それなら、副作用の強いこれまでの治療法ではなく、がん細胞の自滅を促進するアポトーシス誘導剤を開発することによって、副作用の少ない新しいがん治療法が生まれることになります。
現在、いかなる構造の化合物ががん細胞のアポトーシスを最も強く誘導するか?と言う課題(アポトーシス誘導剤の分子設計学的研究)に取り組んでいます。1日でも早く、効果的なアポトーシス誘導剤を開発し、臨床応用に進みたいと考えています。
(2009年4月)
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